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イタリア・ドロミテ山塊

 
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世界遺産ドナウ川 ウィーンのヴァッハウ渓谷

ドナウ川のヴァッハウ渓谷は、オーストリア北部のドナウ川下流地域の36kmに渡る。

ヴァッハウ渓谷は、ドイツのライン渓谷に比べて、川幅、渓谷の深さの規模は小さいが、 両岸に点在する小さな町、城塞、廃墟、修道院、葡萄畑など クルーズ船から見る景色は、ライン渓谷に負けず劣らず見所満点だ。

ヴァッハウ渓谷への日帰り個人ツアーのモデルコース

ウイーン 〜 メルク修道院 〜 ヴァッハウ渓谷クルーズ 〜 ウイーン

  • 地下鉄(U3):市中心から西駅へ
  • 列車     :西駅から修道院のあるメルクへ
    西駅発10時09分/メルク着11時21分。
  • 徒歩     :メルク駅から約15分で修道院へ。
    修道院見学、レストランでの昼食、買物で2時間滞在。
    修道院からクルーズ船着場まで徒歩約25分。
  • 船      :メルク発13時50分発のクルーズ船に乗船。
  • 下船・徒歩 :15時15分デュルンシュタイン(Durnstein)着。約1時間30分の市内散策
  • 列車     :下流の町クレムス(Krems)へ。
    デュルンシュタイン発16時47分/クレムス着16時58分。
  • 徒歩     :約1時間メルク散策
  • 列車     :ウイーンへ戻る。
    クレムス発18時03分/ウイーン着19時03分。
    (フランツーヨーゼフ駅(Franz-Josefs Bahnhof)
  • 地下鉄(U4):市中心へ

ヴァッハウ渓谷クルーズの見所

  • メルク修道院裏手の旧ドナウ川の船着場から出発後、 振り返るとメルク修道院の美しい姿が見える。
  • シェーンビューヘル城(Schloss Schonbuhel:美しい丘)
    40mの岩の上に建つ。ドナウ川はローマ帝国の北方守備の最前線。 その砦の跡に12世紀全般に最初の城が建てられた。 その後1819年にベロリンゲン伯爵(Count Beroldlingen)が買取り再建したことにより 今日の姿になった。
  • ウイレンドルフ(Willendorf)
    1909年、2万5千年前旧石器時代の石像「ウインドルフのヴィーナス」が発見された。 高さ11cmで石灰岩で作られている。実物はウイーン市内自然史博物館に陳列されている。
  • アックシュタイン城(Ruine Aggstein)の廃墟
    13世紀にクーエンリンガー伯爵によって建てられ、 その後強盗騎士の城として使われていたと言われている。
  • シュピッツ(Spitz)
    タウゼントアイマーベルグ(Tausendeimerberg::千のバケツ山)を後背地にしたワインの産地。 後背地ではその名のとおり良い年はワインを千杯のバケツほど収穫できるとの話。 町に入る前の丘の上には13世紀初頭に建てられたヒンターハウス城の廃墟(Ruine Hinterhaus)もある。
  • サンクト・ミハエル(St. Michael)〜ヴォーゼンドルフ(Wosendorf)〜ヨッヒング(Joching)〜ヴァイセンキルヒェン (Weissenkirchen)
    シュピッツを過ぎて続くワイン地域。 ヨッヒングはオーストリアのリースリングワインの発祥地とも。 ヴァイセンキルヒェンは2千年の歴史をもつヴァッハウ渓谷で最大のワイン産地。 1190年建設の教区教会の塔が聳える。教会脇にはヴァッハウ美術館Wachaumuseumがある。
  • デュルンシュタイン(Durnstein)
    目的地の町に到着。1410年建設の聖アウグスティヌス修道会の司教座参事会員教会(Chorherrenstift)の美しい カラーの塔が目に入る。
    1時間ほどの散策ではプランゲル広場、駅前通りの散策、丘の上のデュルシュタイン城の廃墟 の写真撮影。
    1193年建築、イギリスのリチャード王が幽閉された場所として有名。
    城へは片道30分程度、教会傍の高級ホテルのシュロスデュルンシュタインホテルで カフェなど飲んで休憩。ホテルから駅までは500mほど。
  • ゴットワイグ修道院
    1083年に創建されたヴェネディクト派の修道院。
    火災後ルーカス・ヒルデブラントによりバロック様式の姿が再建された。 18世紀のオーストリアの画家シュミットの絵も見逃せない。
  • クレムス(Krems)
    995年にはドナウ川の通行料金徴収場所として古文書に記録されているオーストリアでも 最も古い町のひとつ。 駅から5分ほどのオーバーランド通り、ヒンターランド通りの散策、 ミニコ会修道院跡のワインの町美術館を見学(Weinstadt Museum)して駅に戻る。

チケットの予約はメールで可。
当日券はメルク、クレムス、デュルンシュタインの売場で買える。


ウイーンのメルク修道院

ウイーンから列車でおよそ1時間15分、 高速道路なら、A1号線を1時間ほど西に向かうと、 世界有数のメルク修道院の建物が、ドナウ河丘陵の畑の上に姿を現す。

この地域は、古くは辺境の軍事地区(Mark:マルク)で、 976年には初代辺境伯でバーベンベルグ家(ハプスブルグ家以前のオーストリアの名門)の レオポルド1世が居城を構えていた。

996年からオスタリッチ(Ostarrichi:東の地域)の名前で呼ばれ、 それから1000年以上経った今日、オーストリアの名称になっている。

1089年、後継者レオポルド2世は、居城にラムバッハからベネディクト派の修道士を呼び寄せ、 彼らは聖ベネディクトの教えに従いここで生活するようになり、 メルク修道院の原型ができた。12世紀には学校も併設。

ベネディクト派

ヨーロッパの修道院や教会を訪れると、ベネディクト派の名を耳にする。
西欧で最も古い派で、中部イタリアヌルシア出身のベネディクトゥスが、 529年少数の弟子と共にイタリアのモンテ・カシーノに修道院を建てたことに始まる。
同派のモットーは「Ora et Labora:祈りそして働け」といわれる。
サウンド・オブ・ミュージックのマリア先生の出身修道院としてよく知られている、ザルツブルグのホーヘンザルツブルグ城下のノンベルグ修道院(Stift Nonnberg)も ベネディクト派に属し、ヨーロッパでも一番古い女子修道院といわれている。

ところで、聖ベネディクトゥスの肖像画では、 フランドルの画家ハンス・メムリンクの作品がフィレンツエの ウフィッチ美術館に所蔵されている。

またヌルシアとは現在のノルチャ(Norcia)でローマから、 北東150kmほどの田舎町、モンテ・カッシーノは、 ローマから太陽道路A1号線を、ナポリに向けて150kmほど南下すると、バスから左手山の上に建物がよく見えてくる。

ここは第二次世界大戦時にはドイツ軍の無線基地があって、 それを破壊する連合軍との間で壮絶な戦いがあったところ。
現在の修道院は、当然新しく建てられている。 ローマからナポリ・ポンペイに行く間に、 高速道路の標識にカッシーノと書いてあるのが目印。

15世紀には、コンスタンツ公会議(ドイツのコンスタンツで開催)で決定された教会の改革を受け、メルク修道院がオーストリアの修道院を率いる立場となり、規則正しい規律の模範となった。

バロックの時代1700年には、若干30歳で修道院長に就任したベルトルド・ディートマイヤーが、 バロックの芸術家達の参加を得て修道院全体の新築を開始、 約40年の歳月をかけて今日の修道院の姿になった。
修道院見学コースに沿って彼ら芸術家の作品を堪能していきたい。

メルク修道院の見学ルートと見所

  • 中世防御施設(稜堡)の間の正面を通り、東ファザード入口より入る。
    アーチ型入口の上の像は、使徒ペテロとパウロの像
  • 高位聖職者(Prelate)の中庭。庭の噴水と教会の円蓋が見える。
  • 196m続く皇帝回廊を通り皇帝の間へ。
    回廊の壁にはバーベンベルグ家、ハプスブルグ家君主の肖像画が飾られている。
  • 皇帝の間。全部で11室の博物室になっている。
    第4室ローマン十字架、第十一室修道院の模型など
  • 大理石の間
    皇帝家族の食堂、VIP宴会場。
    バロックの画家パウル・トローガー(Paul Troeger)の天井
    フレスコ画や同じくガエタノ・ファンティ(Gaetano Fanti)の建築画。
  • テラス。大理石の間と反対側の図書館を結ぶバルコニー。
    ここからはドナウ川とヴァッハウ渓谷、メルクの町並みの絶景が望める。
  • 図書館。 10万冊の蔵書を持つ。
    ここにもパウル・トローガーの天井フレスコ画とガエタノ・ファンティの建築画。
  • 教会
    主祭壇身廊の天井フレスコ画はバロックの画家ミヒャエル・ロットマイヤ(Michael Rothnayer)による聖ベネディクトの天への道。
    アントニオ・ベドゥッチ(Antonio Beduzzi)による身廊、横廊祭壇、聖歌隊席などの内装建築。
    パイプオルガンは20世紀のパイプ職人グレゴル・フラデツキー(Gregor Hradetzky)、 市民祭壇は同じく建築家フュルス(Fuerst)による。
  • 正面入口からの帰路。
    左手にはショップとレストラン(1階と2階はフレスコ画装飾)で休憩も可能。

ウィーンのおすすめツアー

メルク修道院は、殆どの団体パッケージツアーのコースに入っている。

個人の場合で3月31日から11月4日の期間でウイーンからいく場合には、以下のモデルコースが考えられる。

  • ウイーン(西駅)発12時34分/メルク着13時47分
  • 駅から修道院まで徒歩15分
  • 修道院レストランで休憩
  • 14時55分ガイドツアー(英語)1時間とショップで買物
  • メルク発17時44分
  • ウイーン着19時2分

ウィーンとベートーベン

ウィーンと音楽家

ベートーベンとウィーン

ボン地図/クリックするとGoogle Mapを表示します

ベートーベンハウス

ベートーベンが生まれたライン河畔の都市、ボンを訪ねた。
駅から15分ほど街中を歩き、ベートーベンの生家(ベートーベン・ハウス)に到着。
博物館内の表示でベートーベンの洗礼日は、筆者の誕生日と同じ12月17日と知って感激。
ベートーベンは、ここから1,000km近く離れたウィーンを訪れた。
第1回ウィーン旅行は1787年16歳のとき。
ウィーンでモーツァルトを訪ね、即興演奏をした。
21歳のときボンからウィーンに赴き、ハイドンに作曲を師事。
ボンを去るとき、パトロンであるヴァルトシュタイン伯爵

「〜たゆまぬ努力によって、モーツァルトの魂をハイドンの手から受け取るのは、あなたなのです〜」

という有名な言葉を送った。
ヴァルトシュタインの名前は、ピアノソナタ「ヴァルトシュタイン」で知られている。

ウィーン市内近郊のベートーベン博物館

Beethoven Eroicahaus(エロイカ・ハウス)

所在地はウィーン市内から北西4kmほどのOberdobling。
今は面影はないが、当時は牧歌的な風景とワインの産地でしばしば夏の期間を過ごした。
彼の真価が発揮された重要な交響曲第3番「英雄」は、ここで作曲された。
市の中心、カールスプラッツからU4のHeiligenstadt行きに乗り、6番目のSpittelauで下車。
そこから徒歩15分ほど。
路面電車は37番でPokrnygasse下車。

Beethoven Apartment Heiligenstadt
(ハイリゲンシュタットの遺書の家)

聴覚を失ったベートーベンは1802年にハイリゲンシュタットの遺書を書く。
しかしそれを乗り越え多くの傑作を残したことは余りにも有名。
市の中心カールスプラッツからU4で終点のHeiligenstadtで下車。
徒歩15〜20分ほど、路面電車は37番でGeweygasseで下車。
Heiligen(ハイリゲン)の意味は神聖にする、神にささげる、ことで旅行中に覚えておきたい言葉のひとつ。

Beethoven Pasqualatihaus(パスクヴァラティハウス)

名前の由来はオーナーのヨセフ・ベネディクト・バロン・パスクヴァラティによる。
建物は旧市街要塞の保塁跡に18世紀に建てられた。
ベートーベンはウィーンで35年間過ごすが、この家には8年間住んだ。
ここで作られた作品には、交響曲第4番、5番、7番、8番、唯一の歌劇フィデリオがある。
w.j.メーラーによるベートーベンの肖像画が有名。
市の中心カールスプラッツからU2で5番目のSchottentor-Universitatで下車。200m。
路面電車はリングを走る1番、2番でSchottentorで下車。

温泉地バーデン

バーデン地図/クリックするとGoogle Mapを表示します ウィーンの森南のゲートウェイ、温泉地バーデン・バイ・ウィーン(Baden bei Wien)とベートーベンバーデン(Baden)や、バート(Bad)は温泉場の意味。
オーストリアやドイツ方面を旅行するときには覚えて おきたい単語のひとつ。
フランクフルトの南バーデン・バーデンはまさに温泉地そのもの。
ウィーンから南へ30km、ウィーンの森南の入口にある世界に名高い保養地。
市の中心カールスプラッツから列車で24分で到着。
バーデンは温泉地として栄え、ローマ時代からの硫黄泉はリウマチ治療泉としてオーストリア国内でも有名。
19世紀はじめ皇帝フランツ1世が夏の避暑地として滞在シテから発展。
ウィーン上流階級の サロンとなり、いまでも優雅なビーダーマイヤー時代の町の面影を残している。
ベートーベンは1821年から23年までここバーデンのパン屋の2階を借りて住み、交響曲第9番や荘厳ミサ曲を作った。
第9交響曲は、いまだに多くの人に愛され、クラシック音楽の頂点ともいえる。

バーデンはウィーンの森南の入口

ここから深い緑の森にはいる。
Heiligen-Kreuz(ハイリゲン・クロイツ)修道院、海底湖を利用したナチの飛行機格納庫跡(Seegrotte)、ルドルフ皇太子が自殺をしたMayerling(マイヤーリンク)などなどウィーンの森には魅力ある観光地の物語が詰まっている。

エロイカハウス
所在地はウィーン市内から北西4kmほどのOberdobling。
今は面影はないが、当時は牧歌的な風景とワインの産地でしばしば夏の期間を過ごした。
彼の真価が発揮された重要な交響曲第3番「英雄」は、ここで作曲された。
市の中心、カールスプラッツからU4のHeiligenstadt行きに乗り、6番目のSpittelauで下車。
そこから徒歩15分ほど。
路面電車は37番でPokrnygasse下車。

オーストリア旅行【ウィーンの森】

「水」と「森」の国オーストリアのウィーンの森は、 ウイーン市郊外に広大な森が南北に広がっている。

ウイーンの森「北」

オーストリア旅行|ウィーンの森

ウイーンの北部5〜6kmに、ウイーンの森「北」がある。
ここへのオプショナルツアーを設定しているオーストリア旅行はほとんどないが、 午後に市内を出発して、ワイン居酒屋で夕食を摂って帰る半日コースが楽しい。

Beethoven Apartment Heiligenstadt

市内カールスプラッツから地下鉄U4で終点のHeiligenstadtに向かう。 現在ドナウ川からドナウ運河(ウイーン市内を流れる。)が分かれる ハイリゲンシュタット(聖なる町)は、昔は田園風景が広がっていて、 音楽愛好家であれば是非訪れてみたい町。

聴覚を失ったベートーベンは1802年にハイリゲンシュタットの遺書を書く。 しかしそれを乗り越え、数多くの名曲を残したことは余りにも有名。
交響曲第3番「英雄」、第5番「運命」、第6番「田園」、 1824年の第9番「合唱付」のウイーンでの初演。 歌劇「フィデリオ」、ピアノソナタ「熱情」、ピアノ協奏曲第5番「皇帝」、 バガテル(Bagatelle:小品)のエリーゼの為に、などなど多くの傑作を残した。
ハイリゲンシュタットの遺書の家は、地下鉄の駅から徒歩15〜20分ほど。

路面電車は市内から37番でGeweygasseで下車。徒歩5分ほど。

カーレンベルグ(Kahlenberg)の丘

38Aのバスはハイリゲンシュタット駅からベートーベンハウス前、 グリンツイング(Grinzing)村から曲がりくねった道(Cobenzlgasse−Hohenstrasse)を 標高430mのカーレンベルグの丘へ、 展望台からは、ウイーンの町が一望できる。

カーレンベルグからバスを乗り継いで標高425mのレオポルツベルグ (Leopoldsberg)の丘へ、 そこからカーレンベルグまで1時間ほどの森の散歩も楽しめる。

グリンツイング村の夕食

カーレンベルグの丘から同じ道をくだったところのグリンツイング村の ホイリゲ(ワインの造り酒屋)で夕食がお薦め。 Cobenzlgasse 28バス停留所前のホイリゲは270年以上前の建物。 ホイリゲでは白ワインと軽い編成の楽団の音楽(シュランメル音楽)を聴いてウイーン郊外で思いでの一夜を過ごします。

店から500mほど南のグリンツイング墓地には作曲家グスタフ・マーラーの墓もある。 帰途は店の前から38Aバスで地下鉄ハイリゲンシュタット駅、 あるいは同じく店の前より38番の市電で市中心に戻ってくる。

ウイーンの森「南」

ウイーンの南部40kmほどから始まる森林地帯。 ウイーンの森「南」へは旅行各社がオプショナルツアーを 販売しているので日本で申込みができる。 いずれも1名より催行、午後14時出発で4時間(半日)、料金は55ユーロ。

ハイリゲン・クロイツ修道院(Stift Heiligenkreuz)

ウイーンの森「南」の静寂の中に突然姿を現す女子修道院。 1133年ウイーン辺境伯レオポルド3世により建てられた。 現存の女子修道院では世界で2番目に古い。 規律は祈り(Pray)と労働(Work)。

ファザード(建物正面)、身廊(祈りの場所)ハ1187年、 祭壇は1295年当時のもの、ファザード前の回廊に囲まれた中庭には、 聖ヨセフの泉と18世紀に造られた三位一体(Column of The Holy Trinity)のポールが印象的。

マイヤーリング(Mayerling)

ハイリゲンクロイツ修道院からわずか南にくだった森の中に、 悲劇の狩猟館がひっそりと建っている。 1889年1月30日、オーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ1世と 皇妃エリザベートの間の嫡子ルードルフがマリー・ヴェッツェラと自殺した場所。

悲劇は「うたかたの恋」として映画や劇になっている。 この事件は当時60歳になろうとしていた皇帝に衝撃を与えたばかりでなく、 オーストリア=ハンガリー帝国の威信を落としめた。 更に嫡子ルードルフの死から10年後の1898年10月には 最愛の后エリザベートがスイスのレマン湖のほとりで 無政府主義者に暗殺される悲劇が皇帝を見舞った。

それから20年後の1918年には、ルードルフ1世が神聖ローマ帝国皇帝として選ばれ、 ハプスブルグ家が歴史の舞台に登場してからおよそ650年の長きにわたり ヨーロッパを支配してきたハプスブルグ帝国が崩壊する。

レストラン「ヘルドリッヒスミューレ:Heldrichsmuhle」

オーストリア旅行|ウィーンの森

メドリング(Modling)近郊のかわいいレストラン。

作曲家シューベルトと友人たちは1820年から1826年の間 ここの賓客で、シューベルトの歌曲菩提樹を作曲。 また多くの芸術家の一人として、オーストリア表現主義の画家ゲオルグ・フェルディナンド・ワルドミュラーは有名な絵画、父母の家から旅立つ花嫁(Abschied der Braut vom Elternhaus)のなかでのどかで、陽気なこの地方を描写している。 (作品はウイーン市内ベルヴェデール宮殿内ギャラリーに陳列)

建物の記録は1210年に遡る。 当初はワイン農園の事務所、その後小麦粉の製粉所となり、18〜19世紀にはウイーン市民の観光名所となっていった。

第二次世界大戦で完全に消失したが、1959年=60年にかけて再建され、 今日まで続居てきた理由は伝統あるモットー"The best for our guests"にあると語る。 食事は昼食、夕食も可能だが、ツアーではケーキ(ザッハートルテや店の特別お菓子ークリームーストゥルーデル)と飲物で休憩が多い。


オーストリア旅行【交響曲の父ハイドン】(シニアのヨーロッパ旅行記 No.46)

ハイドンとアイゼンシュタット

交響曲の父、ハイドンは最後の12年間ウィーンで過ごし、1809年5月31日没した。
ウィーン市内西駅から徒歩10分のところ、Haydngasse 19のハイドン最後の家は現在博物館になっている。
西駅までは、リングの中心聖シュテハン寺院から地下鉄3号線で5つ目で下車。
ハイドンはこの家でオラトリオの大作「天地創造(The Creation)」や「四季(The Seasons)」を作曲した。
ウィーンの南西50kmのアイゼンシュタット(Eisen Stadt:鉄の町)は特にハイドンゆかりの地として有名。
ウィーン市内南駅(Sudbanhof)から列車で1時間15分ほど、Sudtiroler Platz(聖シュテハン寺院から地下鉄1号線で3つ目)からバスで高速A3号線で1時間15分ほどで、アイゼンシュタットのドームプラッツに到着。

ハイドンセンター

ハンガリー有数の大貴族エステルハージ家の楽長としてアイゼンシュタットに構えた住居。
八重奏用机、1730年のフレンチホルン、1750年のクラリネット、1780年のフォルテピアノ、初期の草稿などハイドンゆかりの記念品が陳列されている。

エステルハ-ジ宮殿

13世紀から300年間、エステルハージ家の居城で、アイゼンシュタットのあるブルゲンランド州の重要な歴史的建物。
宮殿内の宴会場、貴賓室、室内楽用部屋、中国風サロンなどが見学できる。
ハイドンルームと呼ばれる演奏会場では、エステルハージ家のために毎晩演奏会が催されていた。
ハイドンルームでは毎年9月にハイドン音楽祭が開催される。
2007年は9月6日から16日まで開催が決定。
チケット予約は3月から受付。
5月末から8月末までは、午前11時にショートコンサート(Music Matinees)が行われている。
毎木曜日はピアノトリオ、毎金曜日は弦楽四重奏、毎土曜日は金管、木管楽器の室内楽で、料金は一律7ユーロ50セント(大人一人)で聞ける。
また2009年はハイドン没後200年になり、ブルゲンランド州では記念行事として「ハイドンーイヤー」を計画している。
アイゼンシュタットには日本から演奏、コーラスのツアーも時折訪れているが、2009年には多くのツアーが訪れるのではないかと思う。
アイゼンシュタット地図/クリックするとGoogle Mapを表示します

エステルハージ宮殿


アイゼンシュタット近郊

ノイジードラー湖国立公園オーストリア、ハンガリーにまたがる国立公園で現在世界遺産に指定されている。
アイゼンシュタットから、公共バスで湖畔の町ルストへ30分程度で到着するが、便数が極めて少ない。
ルストはリゾート村でワインの産地。
湖畔の海鮮料理レストランで湖を眺めながらの昼食がおすすめ。
ノイジードル・アム・ゼーのすぐ傍のアウトレットで買物 市内からブダペスト方面へ高速道路A4を30分ほどでノイジードル・アム・ゼー(Neusiedl am Zee)に到着。
出口を降りて500mほどでデジグナーアウトレットに到着。
店は100件以上が軒を並べる。
市内から空港方面なので、時間の余裕を見てツアーに組み込むのも楽しいだろう。
ノイジードラー湖地図/クリックするとGoogle Mapを表示します

ノイジードラー湖