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シニア旅行に人気のヨーロッパの旅(3)【旧東ドイツの世界遺産:ヴィッテンベルクとデッサウ】

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宗教改革発祥の地:マルティン・ルターの町
【ヴィッテンベルク】

ヴィッテンベルク はベルリンから西南100km、エルベ川畔の静かな町。1996年、ヴィッテンブルク教会など、ルターの記念とする建造物が世界遺産に指定されている。
マルチン・ルターと共に世界史の教科書の中に必ず出てくるから、誰もがその名に記憶はあるでしょう。
日本人旅行客はめったに行かない旧東ドイツの静かな町で、シニアの夫婦旅行を静かに楽しむには、本当に印象深い思い出になる町です。

ベルリン滞在中に、是非訪問してみて下さい。
ベルリンから列車で、40分位です。 Google Map
駅から町の中心、広場(Markt)と市役所(Rathaus)と教会(Stadtkirche)はすぐ目の前です。
広場にはルターと友人メランヒトンの銅像が建ち、画家クラナッハの家も広場に面しています。
95か条の意見書 が貼り出されたヴィッテンベルク城教会(Schlos Kirche)は広場から歩いて5分程度、広場を中心に城教会の反対側にはルターの家、メランヒトンの家があります。

歴史上有名な改革の狼煙は、市内の城教会の修道士マルティン・ルターが1517年10月31日、ヴィッテンベルク城教会の扉に貼り出した95か条の意見書(論題)から始まりました。
この意見書は、免罪符の効力に関するローマ教皇に対する公開論争のテーマであった。
ボヘミア(現在のチェコ・カレル)大学教授だったヤン・フス の改革運動からおよそ100年後、マルティン・ルターの意見書は、宗教改革(プロテスタント)に発展していく。 彼は一般の人には殆ど読めなかった聖書をドイツ語へ翻訳し、それは当時グーテンベルグにより発明された活版印刷により瞬く間に大衆に広まっていった。
今日はこの町のベストホテル ベストウエスタン ビッテンベルグに宿泊。部屋シャワーだけ。

20世紀モダンデザイン発祥の地【デッサウのバウハウス(世界遺産)】へ

バウハウス は当初総合芸術大学としてワイマールに設立されたが、予算カットのため1925年デッサウに移転。造形大学として再出発したが、ナチスの圧力により1932年閉鎖。
ここでの授業内容は実習に重きを置いた職人(マイスター)工房に近く、製作された作品は、世界中の建築家や芸術家に多大の影響を与えた。
1996年に世界遺産登録。現在、デッサウ校舎は、バウハウス財団が管理しているのだが、1999年9月、理事長を務めるオマー・アクバーが実験的教育機関バウハウス・コレーグを立ち上げた。

バウハウスに影響された造形物
 ★ワシリーチェアー(スチルパイプを使用した椅子)
 ★バウハウス校舎
  (立方体の建物の壁面を細い鉄のフレームに入れたガラスで構成)
 ★ジードルンク(今日の団地につながる集合住宅のデザイン)
 ★カンディンスキーの抽象画(ロシア出身:同校で教鞭を取った)
  ミュンヘンのレーンバッハ邸には「ムルナウの列車」など多くの絵が飾られている。
 ★ポール・クレーの抽象画(スイス出身:同校で教鞭をとった)

バウハウスにはまった方は、ベルリンのエスプラナーデホテル前のバウハウス博物館で総仕上げ。
ヴィッテンベルグ中央駅からデッサウ中央駅までは、約40分の列車の旅。 本数は少ないので、時刻は事前に要チェックです。

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