ヨーロッパはローマから 【聖年と環境】
ヨーロッパに滞在していますと、どこに行ってもローマの香りがします。
紀元2世紀ごろのローマ帝国は地中海を自宅の庭の池と見立てるように、東西にわたり版図を拡げていました。
およそ日本は卑弥呼の時代、中国は後漢、朝鮮半島は高句麗の時代です。
ローマといえばサンピエトロ寺院、そこで2000年に大聖年(JUBILEE)の行事が1年を通して行われました。
聖年はカソリックの行事で、1300年にローマ法王であるボニファティウス8世により第1回が始められ、50年に一度設定されましたが、長生きができない人もいるので(?)1440年ボニファティウス9世からは25年に一度となりました。
この年は世界中から信者が訪れ、この年にだけ開く「聖なる扉」をくぐっていままでの免罪を乞うことになります。筆者も幸運にもこの機会に恵まれ「聖なる扉」をくぐっていままでの贖罪を全て洗い流したつもりですが(苦笑)
この聖年を機会にローマの町も大変綺麗になりました。
それまでは観光バスが町中を走りまわり、観光ポイントでは沢山のバスが駐車して混雑を極めていましたが、2000年からはローマ市の指定された場所に観光バスを置き、そこからは徒歩で観光することになりました。
旅行業者として、場所はどこで、待機時間の制限は、許可書は何時、誰が持ってくるのか、到着時の空港からホテルまではどうするのか、など現地のアレンジャーとしての議論がなつかしく思います。
しかし、バチカンとカラビニエリ(特別警察)には逆らえません。
昨今はこのおかげでローマは世界一美しい首都になったと思っています。
(BEN VENUTI ROMA:ようこそローマへ)
紀元2世紀ごろのローマ帝国は地中海を自宅の庭の池と見立てるように、東西にわたり版図を拡げていました。
およそ日本は卑弥呼の時代、中国は後漢、朝鮮半島は高句麗の時代です。
ローマといえばサンピエトロ寺院、そこで2000年に大聖年(JUBILEE)の行事が1年を通して行われました。
聖年はカソリックの行事で、1300年にローマ法王であるボニファティウス8世により第1回が始められ、50年に一度設定されましたが、長生きができない人もいるので(?)1440年ボニファティウス9世からは25年に一度となりました。
この年は世界中から信者が訪れ、この年にだけ開く「聖なる扉」をくぐっていままでの免罪を乞うことになります。筆者も幸運にもこの機会に恵まれ「聖なる扉」をくぐっていままでの贖罪を全て洗い流したつもりですが(苦笑)
この聖年を機会にローマの町も大変綺麗になりました。
それまでは観光バスが町中を走りまわり、観光ポイントでは沢山のバスが駐車して混雑を極めていましたが、2000年からはローマ市の指定された場所に観光バスを置き、そこからは徒歩で観光することになりました。
旅行業者として、場所はどこで、待機時間の制限は、許可書は何時、誰が持ってくるのか、到着時の空港からホテルまではどうするのか、など現地のアレンジャーとしての議論がなつかしく思います。
しかし、バチカンとカラビニエリ(特別警察)には逆らえません。
昨今はこのおかげでローマは世界一美しい首都になったと思っています。
(BEN VENUTI ROMA:ようこそローマへ)


